Arch Museum ときたま B'z

理想の教育論的なもの

こんにちは、中の谷のナウシカです!

 

僕は常々教育に携わりたいと考えています。

そのわけや、どんな教育をしたいの文章におこしたので興味があれば読んでみて下さい。

 

 僕の理想の教育

『理想の学び』を得られる教育

 僕の考える『理想の学び』とは、夢や目標、課題を成し遂げる過程で得られる体験のことである。

学校の授業形式でいうならば、「Project Based Learning」の様な形で生徒が主体的に授業に参加していく形を理想とする。

 

 

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 なぜこれを『理想の学び』と考えているかというと、

主体的になって取り組んだことにより得られる体験は新鮮で血が通っており、

その目標を達成できたかどうかに関わらず自分自身の中に価値ある体験として鮮明に残されるからである。

 

そして何より、主体的になって物事に取り組むというのは「楽しい」のである。

 

 これは学校の授業に限った話ではなく、日々の生活にも当てはまる。

例えば僕の場合、「吉岡里帆に会いたい」という夢を叶えるために試行錯誤を巡らし、情報を集め、とにかく早く行動することで実現することができた。

(出演作のエキストラ参加させて頂いた)

 

たかがこれだけのことかと多くの人は思うであろうが、僕にとっては夢を1つ叶えたという貴重な成功体験を得ることができた。

 

しかもこの夢を追いかけている最中はこの上なく「幸せ」な時間だった。

 

 このように、学校で習うこと以外にも『理想の学び』を行うチャンスはごろごろ転がっている。

 

 今の学校ではこの『理想の学び』を得られるだろうか。

 

僕は現状では厳しさを感じているが、「Project Based Learning 」の様に主体的な学びを実現しようとする心意気を新学習指導要領から感じている。

 

ではもう少し幅を広げて、生徒の夢ややりたいことをサポートする仕組みはどうか。

 

こちらは上記以上に厳しい。公立学校ではまず無理だろう。

 

しかし「N高校」や「高校魅力化プロジェクト」ではかなり生徒の夢をサポートする仕組みができているのではないかと感じている。

生徒が自然に「やりたいことをやるのに許可なんていらないんだ」と思えるような教育をしたい。

自分の生き方を真剣に考える機会、考える環境、多様な生き方を知る機会を得られる教育

 僕は「とりあえずみんな大学に行くから自分も行く」という考えから、

~をするために大学に行く」という考えに変わることが重要だと考えている。

 

 自分が高校生のときには「良い大学に入って有名な企業に就職することは正規ルートだ」と考えていた。周りもみんなそれが当たり前だと考えていた。

 

そう考えることで自分の生き方と真剣に向き合う機会を放棄していたと今になって思う。

 

 けれども今、いろんな生き方をしている人に会うことで

そもそも大学に入ること自体正規ルートでもなんでもなく、ましてや有名な企業に就職することは無限にある生き方の選択肢のごく一部でしかない

ということに気付けた。

 

このことに気が付いたのは大学3年のときである。

 

大学3年次に気付いても決して遅くはないかもしれないが、欲を言えば高校3年生のときに気付いていたかった。

気付いていたら「大学で何を学ぶのか」についてもっとよく考え、大学選び、学部選びを行っていただろう。

そもそも「大学に行く」という選択肢を選ばなかったかもしれない。

 

 高校生の段階で一度「どう生きるか」について考えることで、

その後の人生を「こう進んでいくのが当たり前」という考えから「こう進みたい」と考えることができるようになると思うし、

むしろそういう考えを持つべきであると思う。

 

僕の理想論

僕の『理想の教育』とは言い換えれば、

自分の受けたかった教育』である。

だから世間一般での需要があるかどうかはまた別の話だ。

しかし、この『理想の教育』を行っている(と思う)所がある。

 

隠岐島の島前高校、そして隠岐國学習センターである。

 

ここでどのような教育が行われているか、とても興味がある。

 

今回はここまでにしておこう。

 

では( ´・ω・)シ